玲と一緒にバレーを始め、自然と彼の存在に心惹かれ、『好き』と言う感情を覚えた勝太は、胸の中をざわめかせていた。


 カーテンもない窓の外から入り込む月の光に照らされている無防備な玲の寝顔が、とても綺麗で目が離せなくなってしまう。
「……しまった」
 勝太は、思わず口を吐いて出た言葉に苦笑する。
 まだ合宿が始まって一日目の深夜だというのに、このような玲の寝顔に遭遇してしまい、残りの日数をどう過ごそうかと困った顔をして首を捻った。
 一年生同士の二人は同室で一週間、布団を並べて生活をするのである。
 好きなのだと彼には知られたくないと願う一方、知って欲しいとも願ってしまう。
 ジレンマに陥る勝太は、やはり困った顔のまま隣で寝息を立てている玲を見詰めていた。
 寝返りを打てば、乾いた音を立てて髪が揺れる。
 夢でも見ているのか表情が時折、しかめっ面になったり笑ってみたり。
 薄く開いた唇からは、穏やかな寝息が零れ落ちる。
 胸をゆっくりと上下させている様は、深い眠りに落ちている事を教えてくれる。
 淡い月の光は、整った顔のパーツに陰影を描き出す。
 日中では見る事の出来ないその姿に、勝太の心音は緊張と喜びで震え上がっていた。
「少しぐらい……良いよな……」
 玲の無防備な誘惑に、勝手に負けてしまった勝太は、緩やかな動きで手を伸ばすと、その頬に触れる。
 目元から指先をゆっくりと滑らせて行き、最後に辿り着いた先は口元だった。
 口角から唇の薄桃色した皮膚に触れ、なだらかで柔らかい、少しかさついている膨らみを何度も何度も、繰り返し繰り返し触れていた。
 その内に、指先だけでは足りないと勝太は顔を寄せ、自身の唇の感触で玲の肌の温度を感じさせようとする。
 早鐘を撞く様に高鳴る勝太の心音が、一番高い所へ達した時―

 勝太は眼を閉じて……玲の唇にそれを触れさせていた。

 と、その瞬間。
 どこからとも無く白い霧の様なものが発生し、勝太と眠っている玲の周りを取り囲んだ。
 完全に眠っている玲の眼前で大声を上げる訳にはいかず勝太は、必死で口から飛び出そうとしている音を両手で押さえ付ける。
 ―部屋から逃げよう!!
 咄嗟にそう思った勝太が、眠ったままの玲の身体を抱き上げようとした時だった。
「うわっ!? 」
 白い霧の様なものに襲いかかられ驚きの声を上げた勝太は、意識を手放してしまったのだった。





 ―これって……どう見ても……だよな?
 ―この……は、そうですよね?
 ―何で、こーなったんだ?!
 ―俺が知りたいですよっ!!

「うっさいーっ!! 今、何時なんだよっ! 」
 手放した意識は暗がりへと転がり落ち、何時の間にか眠ってしまっていた勝太は、周りのざわめき声で目を醒ました。
 布団を蹴り上げ、飛び起きたと同時に昨夜の事を思い出し、慌てふためく。
 しかし、どうもー視界に映る物が明らかに昨日と違う。
「……はぁ?! 何で玲もみんなも……そんなにデカいんだ?! 」
 勝太は、自身の手を見詰め、身体のあちこちに視線を巡らせ、部屋を見渡す。
 そして、見下ろしている玲や先輩達の顔を……見上げた。
「あ……あれっ? 」
「今、気付いたみたいですよ……」
「の、様ですね。どうしましょうか……」
 普段でも大きな松平が、今の勝太の視線から見れば更に大きくあり、見下ろさせている威圧感は絶大だった。
「原因、判んねぇんだろ? じゃあさ、誰かが面倒見てやんなきゃなぁ……」
「俺達では手に負えないだろう。同室で同級生が適任じゃないか? 」
「えぇっ、俺ですか?! 」
「仕方ねぇじゃん」
 勝太の頭上では、玲と先輩達のそんな遣り取りが繰り広げられていた。
 この視界で薄々とは感じていたが……
「と言う訳で、本多、チビ勝太の面倒ヨロシク」
 がっくりと肩を落とす玲と、何故か子供サイズになってしまった勝太を残して先輩達は部屋へと戻って行った。

 合宿二日目が始まろうとしている、早朝の騒ぎだった。
 
             20091115






文・桜岡健さま/これを頂いて、masukoが描いたイラストがこちら